2015年7月1日水曜日

次世代に残したい神奈川の自然(4)

酒匂川

(西湘グループ 頼 ウメ子)


 富士山を源とし神奈川県西部を流れる酒匂 川は周辺の田畑を潤し、県内の上水道や工業 用水として利用されながら、足柄平野を流れ る全長46kmの二級河川です。静岡県では鮎 沢川、県内に入ると酒匂川と呼ばれます。この 名の由来は様々ありますが、私のお気に入りは 大 ヤマトタケルノミコト 和武尊が東征に際してお神酒を注いで龍神 に祈念したところ、その匂いがしばらく消えな かったためというものです。お酒が苦手な方は これだけでもふらふらしそうなお話ですね。
 急峻な地形ということもあり、時折恐ろしい 顔を見せ、その都度大量の土砂を運びます。 特に江戸時代の宝永年間の大噴火では大量の 噴火物・スコリア(黒っぽい火山噴出物)が流 れ込み、下流域では多大な被害がありました。 このスコリアは決して過去の遺物ではなく今も 酒匂川を苦しめています。
 鳥類に関しては昔の記録が少なく、詳細は分 かりませんが、江戸時代、将軍にツルの卵を献 上したとの記録がありますから、それから類推し てもかなり自然の豊かな場所だったのでしょう。
  これまでに私達が酒匂川で記録している鳥類 は外来種も加え230種ほどです。比較的水質 も自然環境も良好ですし、周辺には後背湿地(平 野の川の近くにある湿地帯)としての水田が広 がっていますので鳥の種類も多いのでしょう。  
 30年程前からは野鳥の会を中心に詳細な調 査を行っていますので、鳥類目録はかなり充実 しています。その中からお話してみましょう。
  まず越冬のために飛来するカモ類です。1980 年代から急激な増加傾向を見せ、1996年に 2200羽を記録しました。これは1970年代の 飯 泉取水堰の完成に主な原因があると言われ ています。初冬になれば当たり前のようにみら れる酒匂川の風景も決して遠い昔のことではな いのに驚きます。
  ここ20年でダイサギやアオサギ等の大型の 水鳥が増えたことも特徴的なことです。漁協等 の1990年代後半からのアユを含めた放流事業が盛んとなり、増加はその時期と重なります。
 カワアイサが1990年頃から越冬するように なり、次第に河口から上流にまで生息域を広げ、 一時は60羽を超えました。流域の住民も美し い鳥の出現に大きな関心を寄せました。ただ気 がかりは、このような大型水鳥の増加の陰でコ サギが減少していることです。
 酒匂川と言えばコアジサシでしょう。1995 年に市の鳥となり、飛来数の減少に歯止めを かけようと、20年間、営巣地の整備が野鳥の 会と小田原市が中心となり行われました。大雨 や三保ダムの放流によるコロニーの冠水を防 ぐため、かさ上げした人工台地を造る活動で す。参加者は300名を超える事もありました。 しかし人工台地での営巣の確率が低いことや、 コアジサシの営巣地をカラスやチョウゲンボウ が襲う被害が増えた事により、残念ながら飛来 数の増加にはつながりませんでした。昨年から は繁殖後の徹底的な天敵対策を実施する方法 に切り替え、保護活動が続けられています。
 これほど豊かに見えた河川もここ数年一変 しました。ゲリラ豪雨の頻発により土砂が流入 し、毎年その排出が行われるからです。その都 度中州の草木やアシが取り除かれ、河原に生 き物の気配がありません。あれ程飛来したカ モも昨年は700羽を切り、酒匂川を彩って来 た夏鳥の囀りも今はほんの僅かに聞かれるだけ です。地球規模の天候の変化の前に、河川の 管理は人的被害を食い止める洪水対策に重き が置かれるようになりました。しかし営々と命 を繋いできた生き物の存在も忘れてはなりませ ん。人と生き物が共に暮らせる河川環境が蘇ることを切に願っています。